異文化経営の困難

異文化経営の困難

 

一九九〇 年、当時バブルの真只中「日本は資源のない小さな島国。貿易立国日本を支えるため、海外で身を粉にして働きたい !」の一念で、海外に飛び出した。最初に赴任したのがタイで、五年間駐在。その後日本に二年弱戻った後、シンガポールに一年、マレーシアに八年駐在。転職し、日本で事業再生のコンサルを経た後、シンガポールの印刷工場に三年、タイのクレーンの会社に一年各責任者として駐在した。二〇年以上の海外ビジネス経験を生かして、現在、国際社会に羽ばたく学生を育てるべく、力を尽くしている。二〇年近い海外駐在経験から学んだ点で、今でも私の心に残る二つの教訓を皆さんとシェアしたい。

 

〈部下は間違いを犯すもの〉(特に異文化経営では)

間違いを犯させないようにするのが上司の役目。させてしまったら自分の落ち度である。最初の駐在のタイで、数か月経ち何となく状況が分かってきた頃、私が客先に行って帰ってくると、部下のワチャラが、総務に尋問されていた。私も社長に呼ばれた。社長曰く、ワチャラが、土日に、トラックで、ガードを二往復した形跡があり、要は工場から何か持ち出しているとのこと。「口を閉じて割らない。お前になら喋るだろう。吐かせろ」の命令であった。私は勉強したての拙いタイ語で、部下のワチャラと色々な話をして、「もしこのままでいったら、警察に突き出さなければならない、田舎の父さん、母さんも悲しむし、友達もいなくなる、俺も悲しい。」と話した瞬間。大粒の涙とともに、ワチャラは、ワーンと泣き出して、自白した。

その頃アルミの部品不良が発生し、アルミ廃材が倉庫の横に山になっていた。ゴミであるが、これが売れる。ワチャラが言うには、ゴミ業者に騙されて、それを持ち出して、金を見せられて、渡してしまったとのこと。その後、やっぱりいけないと思い、業者の所に戻って「お金を返すから返してくれ」と頼んだら、当然断られ、結局、今までこつこつ貯めた貯金を全てはたいて、何とか返してもらい、元に戻したとのこと。それでゲートを二回通過したのである。ワンワン泣くのを、「分かった、泣くな」となだめ、社長の所に行って事情を話し、「何とか穏便に」とお願いした。

社長は、嬉々として「佐脇、デカシタ、良くやった。すぐに首にしろ」。私は、目の前が真っ白になって、「ちょっと待って下さい。本人、ワンワン泣いて、正直に話しており、反省もしている。全貯金を引き換えに取り戻して、実害は無い。しかも、有能だ」。と食いついたところ、「馬鹿ヤロー、俺達は7人の日本人で、一〇〇〇人の工場を動かしている。しかも、二四時間稼動だ。夜中には、日本人も、マネージャーもいなくなる。そんななかで、鉄の掟がなくなったら、全員が物を持ち出す。すぐ倒産だ」と怒鳴られた。そして諭すように「一〇〇〇人が路頭に迷ってもいいのか?理由が何であれ、不正は許さん。例外は無い。お前から引導を渡せ。」との絶対命令。

自分にとっては、自分の部下を切る話であるから、とても辛い話だった。そして、今回一番悪かったのは、廃材を放置し、部下が持ち出せる状況を作った私である。私の怠慢で、首になってしまったワチャラに対し、今でも「申し訳ない」という気持ちで一杯である。

 

 

 

 

 

 

 

   工場の写真

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   機械の写真

 

 

 

〈決して隠さない経営〉(異文化経営でも然り)

シンガポール印刷工場の自力再生過程で、人身事故が起こった。ローラーに付いたごみを取ろうと機械を停止せずに手で触ったため、指が三本ローラーに巻き込まれてしまった。中国から出稼ぎに出てきたワーカーで、手が使い物にならなくなり首になると、ワンワン泣いていた。もちろん機械に触れるときは、絶対に機械を停止しなければならない。鉄則である。しかし、機械を止めれば何十メートルも紙が無駄になる。さらに、ゴミがそのまま機械の中に入っていっても何十メートルも紙が無駄になる。このワーカーは、無駄を出さないようにという仕事上の向上心から、大丈夫だと思って触ってしまった。その瞬間指が三本巻き込まれたのだ。佐脇の出張中にこの事件が起こり、慌てて帰って事情聴取し、詳細を聞いた。即、幹部を集めて意見を聞いたところ「隠したほうが良い。会社が厳しい状況の中で、公開したら暴動が起こるかもしれない」全員の共通した意見だった。「そんなことをしたら、また同じことを起こすぞ。悲劇を二度と起こさないよう皆に話し教訓にする」と私は宣言し、翌日百数十人全員を事件の起こった機械の前に集めた。責任者に状況を詳しく説明してもらったが、①どうして起こったのか詳細に、②どんなに悲惨かを強調して話してもらった。百数十人全員静まり返った。最後に、私から、「五体満足に生んでくれた親に対して本当に申し訳ない。会社が儲かっても全く意味がない。ルールを守って絶対二度とこのようなことを起こさないでほしい」皆に訴えた。心の底からの言葉だった。幸いそれから大きな事故は起こっていない。     以上